芝学園は武蔵野台地の東端に位置し、周辺には低地・台地・台地を刻んだ谷などの地形があり、坂の多いところとなっている。武蔵野台地はその大部分が古多摩川の扇状地または三角州として形成された。その後、最終氷期の海退期に多摩川・荒川が現在の位置で下方浸食したために台地として取り残された。多摩川が台地上を流れなくなって以降は関東ローム層が堆積し、台地の比高を高めている。このため、武蔵野台地では大体どこでも上位から関東ローム・段丘堆積物・基盤岩の順で堆積している。
そのような会場周辺の見どころを紹介する。
- ①愛宕山男坂:急な石段になっている。石段の下は標高5mくらいの低地、上は25m程度の台地である。比高20mを一気に上がる。愛宕山の上は平坦で、これが浸食によって取り残された台地であることがうかがえる。男坂の左右には急斜面が連続することから、約6000年前の縄文海進期の海食崖と考えられる。
- ②江戸見坂:ここから江戸市中が見渡せたためこの名がある。
- ③米国大使館から行合坂:スペイン大使館やスウェーデン大使館のあるこの道の両側はどちらも下り坂になっている。両側に台地を刻む谷があり、やせ尾根状に残されている。
- ④台地を刻む谷(行合坂・落合坂):双方から来た人が行合うために行合坂という。台地を刻む谷の谷頭部にあたる。本当の谷頭は西の道路をこえたところにある。この場所では道路を通すため谷を埋めているので谷の断面形がよくわかる。谷底を東方向に緩やかに下がる坂は落合坂。もとの谷筋である。
- ⑤麻布狸穴:入り江状になった地形。入り江の先にある低地は古川(渋谷川の下流)の低地であるが、このような地形は海食の影響を思わせる。ここまで海が入っていたのだろう。狸穴と書いて「まみあな」と読む。
- ⑥日本経緯度原点:以前ここに東京天文台があり、子午環による星の観測から、この場所の緯度経度を決定した(明治25年)。現在はその中心に金属標が設置されている。大正の関東地震による地盤の変位などで、何度か値が再設定されている。南には急崖をへて低地が広がっているようすが見られる。狸穴同様、縄文海進期には海が入っていたことだろう。
- ⑦飯倉交差点:二つの谷の谷頭部が出会った鞍部となっている。谷の一方は南の赤羽橋側へ下り、他方は北側、神谷町へ下る。このため、「両側に上がって、両側に下がる」という特徴的な地形となっている。
地図から読み取れること
下の地図には、モデルルートのほかに、20mの等高線と、そこから読み取れる谷の水の流れを矢印で入れた。面白いことに地図を俯瞰すると谷間の色がやや黒っぽく見える。これは、台地上には大使館等の大きな建物が立ち並び、谷間には古くから庶民の家が肩を寄せ合って建っていたからである。(東京支部村山敬真)
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